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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)694号 判決

上告人

吉本英章

被上告人

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右指定代理人

加藤和夫

外七名

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

職権をもって調査するに、

一原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、昭和三四年四月被上告人の前身である日本電信電話公社に入社し、同五八年一月からは広島中央電報局長として勤務していた。

2  日本電信電話公社は、同五九年一月二六日、上告人に対し、同年二月一日付けで中国電気通信局局長室調査役を命ずる旨の配置転換をした。

3  上告人は、翌六〇年五月八日、広島地方裁判所に対し、右配置転換命令に基づく就労義務を負わないことの確認を求める旨の本件訴えを提起したところ、同裁判所は、同六三年七月二六日上告人敗訴の判決を言い渡した。

4  被上告人は上告人に対し、同年八月三日、社員就業規則六五条一項一号(勤務成績がよくないとき)及び同項四号(原判決に五号とあるのは誤記)(その他その職務に必要な適格性を欠くとき)に該当するとして、解雇する旨の意思表示をした。

二右事実関係の下において、原審は、被上告人が本訴の事実審口頭弁論の終結前に右解雇の意思表示をして上告人の雇用契約上の地位を争ったのであるから、上告人は本件訴えと併せて雇用契約上の地位の確認を求める訴えを提起するなどして右契約上の地位を確定しておかなければ本訴につき確認の利益を有するとはいえないところ、上告人はかかる措置に出ないので、本件訴えは結局確認の利益を欠き不適法であるに帰するとして、本案の判断を示した第一審判決を取り消し、本件訴えを却下した。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

労働者が配置転換命令に基づいて労働する義務を負わないことの確認を求める訴え(いわゆる配転無効確認の訴え)を提起して訴訟を遂行している場合に、使用者が労働者を解雇する旨の意思表示をしてその雇用契約上の地位を争ったときは、労働者が中間確認の訴えの提起又は訴えの追加的変更の申立てなどの方法によりその雇用契約上の地位の確認を求める訴え(いわゆる地位確認の訴え)を提起して右の地位を法律上確定しておくことが、労使間の紛争の解決という点からも裁判所ないし訴訟制度の在り方という点からも望ましいことはいうまでもない。しかし、このような場合に、労働者が地位確認の訴えを提起しなかったからといって、右の労働者に配転無効確認の訴えについて判決を求める利益がないということはできない。ただ、このような場合に労働者が地位確認の訴えを提起しなかったときにも、裁判所は、労働者が雇用契約上の地位を有するかどうか、換言すれば、使用者のした解雇の意思表示がその効力を生じたかどうかにつき、まず、審理判断せざるを得ないのであって、その結果、労働者が、(ア)もし雇用契約上の地位を有するのであれば、進んで配転無効確認の訴えにかかる請求の理由の有無につき審理判断すべきであり、また、(イ)もし雇用契約上の地位を失ったのであれば、そのことの故をもって配転無効確認の訴えを却下すべきである(もっとも、使用者のした解雇が当該配置転換命令に労働者が従わないことのみを理由とするときは、解雇の効力の有無はもっぱら配置転換命令の効力の有無如何にかかることとなり、解雇の効力につき判断することは、とりもなおさず、配置転換命令の効力すなわち本案についての判断を示したこととなるから、配転無効確認の訴えにかかる請求は、これを棄却すべきである)。

したがって、単に被上告人が上告人に解雇の意思表示をしたという事実を確定したのみで、右解雇の意思表示が効力を生じたかどうかについて何ら審理判断することなく、直ちに本件訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、到底是認し得ないものといわなければならない。

四以上によれば、本件訴えを却下した原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、原判決はすでにこの点において破棄を免れないものであるから、上告理由についての判断を省略し、被上告人のした解雇の効力の有無等につきさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎)

上告人の上告理由

第一点 原判決は、次に指摘するとおり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当するものである。

(一) 昭和五九年一月二六日に被上告人の前身である公社が上告人に対し本件配転命令を発し、昭和六〇年五月八日に上告人が広島地方裁判所に本件配転命令の無効を理由として本件訴えを提起したところ、昭和六三年七月二六日に同裁判所は本件訴え棄却の判決を言い渡した。

これに対し、同年七月二八日、上告人は本件控訴を提起した。

その後の同年八月三日、被上告人は、上告人に対し、上告人が被上告人会社社員就業規則第六五条第一項第一号(勤務成績がよくないとき)および同項第四号(その他その職務に必要な適格性を欠くとき)に該当するものであるとして解雇発令を発したこと(以下「本件解雇」という。)は、原判決も認めているところである(原判決・理由・一)。

右の一連の事実は、そのことだけによっても、原審裁判所をして本件配転命令ないしは本件訴訟と本件解雇との因果関係について注目させるに足るものと言わねばならない。

(二) 原審において、上告人は、昭和六三年一〇月二〇日付けの控訴人準備書面(一)、同年一一月七日付けの控訴人準備書面(二)および平成元年一月二六日付けの控訴人準備書面(三)をもって、また、これらに関連する書証(〈証拠〉)をもって、本件配転命令ないしは本件訴訟と本件解雇とが密接な因果関係にあることを主張・立証した。

上告人の右主張が、大要、次のとおりのものであることは、だれの目にも明らかである。

(1) 本件解雇は、本件配転命令の帰結にほかならず、被上告人が、上告人を何の正当な理由もないのに公社ないしは被上告人会社から排除するとの本件配転命令の企図を、事実誤認も甚だしい第一審判決がなされるや、これを奇貨とし、これを拠り所として、時を移さず、解雇権を濫用して実現したものである。

(2) 本件解雇は、本件配転命令が有効であるとの前提に立って、本件配転命令による配転先の「中国電気通信局局長室調査役」(「中国総支社担当部長」)なる職位にあっての上告人の「勤務成績」および「その職務に必要な適格性」を問題としてなされたものであるから、原審において本件配転命令の無効が確認されれば、本件解雇の理由がなくなり、本件解雇は、その無効確認訴訟の結果を待たず無効となるものである。

(三) 原審において、前(二)の上告人主張に対し、被上告人が何の反論も行っていないことは、記録上明らかである。

(四) 本件配転命令と本件解雇との間に、前(二)の上告人主張のような密接な因果関係が認められるならば、安易に、本件訴えは過去の権利ないし法律関係の存否の確認を求めるものであるとし、また、本件訴えにおいて確認されるべき権利ないし法律関係は雇用契約より派生する権利ないし法律関係にすぎないものであるとすることはできないはずである。

(五) しかるに、原判決は、本件配転命令と本件解雇との前記因果関係についての判断を一切示さず、それ故右判断に基づく本件訴えの利益についての判断も一切示さずに、本件訴えを、確認の利益を欠くものとして却下している。

(六) したがって、原判決は、理由不備・判断遺脱の違法を犯したものであり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当するものであるから、破棄を免れない。

第二点ないし第四点〈省略〉

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